メンタルヘルスアクアリウム
アロマテラピー、環境音楽、各種リラクゼーション施設の人気など、近頃話題を集め注目されているのは、″癒し″効果のあるものばかりである。現代社会を生きていくには、何がしかのストレスが溜まるものだが、ここにきてその解消法として、より精神面への関心が高まってきていると思われる。
そしてここ数年、リラックス効果のあるものとして、アクアリウムを始めた人達が急増しているという。確かにロビーに水槽を置いている病院はかなり多く、精神科の治療にアクアリウムを取り入れているお医者さんもいる。それは、環境音楽や環境ビデオによるリラクゼーションと同じ理由ではあるが、アクアリウムの方がより実物でその効用は私達が知っている以上に高いものであるからではないだろうか。
しかし、イメージとして私達が描いている効用だが、実際にアクアリウムとは私達の精神にどんな影響を及ぼすものなのだろう?? 水槽を眺めるというだけに限らず、アクアリストである私達の精神に、その効用とはどのように働きどのように表われるのか。
94年の3月~6月にかけて、観賞魚用飼料・関連器具の発売元、ワーナー・ランバート株式会社テトラ事業本部は、日本医科大学心理学教室助教授・杉浦京子氏と佼成病院小児科医長・近喰ふじ子氏と共同で、熱帯魚を一定期間飼育することによる精神療法上の効用を研究するための実験を行なった。
この実験は、私達のイメージとしてだけのアクアリウムの効用を科学的に立証した画期的なトライアルである。
実験への準備
今回の研究で被験者となったのは、比較的類似した生活環境を持つ平均21.4才の男女(女性8人、男性6人の計14名)で、彼らは熱帯魚飼育グループと非飼育グループに分けられ、飼育グループの自宅には実験期間中、熱帯魚飼育セット(水槽・器具・魚・水草)が設置された。
飼育グループの7人は、1人が以前熱帯魚飼育の経験があるだけで、他の6人は今までさして熱帯魚に興味を持っていた訳ではないという。
そして、研究のため両グループに共通したストレスを与えなければならないということで、実験期間中彼らは毎日午後9時から30分間、クレペリン検査の作業(数字の足し算)が義務づけられた。
さらに飼育グループにはこの作業の後、最低30分間水槽を見て、その後アクアリウムの観察日誌をつけることが、非飼育グループには何もせず作業日誌をつけることが課せられた。
飼育グループと非飼育グループで、その変化にどんな格差が生じるかを検査することによって、熱帯魚飼育による生理的・心理的な影響を浮き彫りにすることを目的とするため、両グループに対して実験期間の前後に、杉浦肋教授が心理面でのヒアリング・チェックを、近喰医師が生理機能(心拍数、血圧値、尿中ホルモン検査、脳波)の測定を実施した。
ヒアリング・チェックとその結果
では、杉浦助教授が行なった心理面でのヒアリング・チェックとはどんなものなのだろうか?そしてその結果はどう出たのか。
(顕在性不安検査)
個人が抱く身体的、心理的不安の中で、明らかに意識されるものを測定し、その程度を明らかにするテスト。
→ 飼育グループの6割近くが、実験後に数値が下がった。
(エゴグラム検査)
交流分析理論に基づく5つの自我状態から、性格診断を行なうテストで、尺度自体が人格特性を表わしている。
→飼育グループの6割近くが、5つの自我状態のうち「大人的自我(冷静に物事を判断することができる自我状態)」が実験後高くなる傾向を示した。
(ストレス度チェックテスト)
30項目の質問への回答からストレスの度合をチェックするテストで、6~10ポイントは軽いストレス状態、11~20ポイントはストレス状態、21以上は専門医の診断が必要とされている。
→飼育グループの7割以上が実験後に数値が下がった。
(生きがいに関するメンタルヘルスチェック)
「仕事」、「個人」、「家庭」における生きがいと、「生活設計意識」をチェックするテスト。
→飼育グループでは「仕事」、「個人」、「生活設計意識」で実験後に数値が上昇した。なお、非飼育グループはこの4項目の全てが下降した。
また、飼育グループに実験前・後で特に有意差(偶然そうなったとは認めがたい差)が見られたのは、性格や行動傾向をチェックする「メンタルヘルスチェック」 においてであった。この検査は主としてストレスに対する耐性、すなわちストレスに強いかどうかを見るもので、幾つかある検査項目の中で飼育グループでは「意志の強さ」「活動性」の項目の数値が、実験前に比較して実験後は明らかに高くなっていることが確認されている。
このことで推察されるのは、熱帯魚飼育を通じて心理的側面においてストレスに対する耐性が養われた結果、自分の考えを持ち、断固として主張し、他人をリードしていく傾向が強まったと思われるそうである。また、何事にも自信を持ち、物事をスムーズに処理していく活動性も伴わせて高まっている。この検査において、非飼育グループでは変化が見られなかった。
生理機能の検査結果
一方、生理機能の検査において明らかな格差が見られたのは、右脳と左脳のアルファー波の波動を見る脳波検査の結果であった。
*アルファー波とは
人は環境に応じて5種類の脳波のいずれかを他より強く出している。例えばイライラしている時の支配的脳波は例外なくガンマ波と呼ばれる脳波で、ぐっすり眠っている時はデルタ波が出ている。また、うとうとしている時はシータ波が出、普段はべ-タ波である。
そして、もう一種類の脳波がアルファー波と呼ばれている脳波だ。これは注意力が集中している状態の時や、瞑想状態の時に出る脳波で瞑想波とも呼ばれている。このアルファー波が出ている状態を保つと、人は深い平穏の気分やものごとをありのままに見つめられる境地に入ることができるという。
実験前後に測定した、「暗算をする」「音楽を聞く」「壁を見る」などの状態では、飼育/非飼育者間での波動の大きな格差が見られなかったのに対し、実験後の測定で「水槽を凝視する」状態においても測定したところ、飼育/非飼育者では大きな格差が見られた。すなわち、非飼育グループでは他の状態での測定時と同様に、右脳と左脳のアルファー波がほぼ同様の波動を示したのに対し、飼育グループでは左脳のみが活発に働いていた。
一般的に、例えば音祭を聞くことによって右脳の動きが活発化しそれがリラックスにもつながると言うが、音楽の専門家は逆に左脳を使って音楽を聞くのだそうだ。これと同じように、飼育グループは実験期間を経て言わば熱帯魚飼育の?専門家″となったため、水槽内の魚や水草の動きをただ漠然と眺めているのではなく、心の中に内在する問題(葛藤)を言語的イメージに置き換え、水槽内の魚と対話することによってやすらぎを得ていることが推察される。この他、尿中ホルモン検査では飼育グループが非飼育グループに比べ、当面のストレスの大きさを改善する傾向が見られた。
今回この研究の共同作業者である杉浦京子助教授の専門は、「箱庭療法」である。「箱庭療法」とは、砂を入れた箱に人や動物、橋などのオモチャを自由に配置させ、できた箱庭から内的世界を分析する心理療法であり、自分の好きな情景を作ることで心を癒す作用がある。
杉浦助教授は、「箱庭療法」と水槽のアレンジには通じるものがあると言う。ただし、水槽の中に入れる物の要素が少ないため心理判断は難しいらしい。さらに杉浦助教授は、アクアリウムのリラクゼーション効果については次のように話していた。
「アクアリウムは、熱帯魚だけでなく水槽の水が重要だと思います。たとえばお母さんのお腹の中にいるようなリラクゼーションなんですね。水の側は気持ちが落ち着きますでしょう?」
これは飼育しないで、ただ水槽を眺めることによっても得られるリラクゼーションについてだが、熱帯魚を飼育することで得られる心理面への作用は研究結果に見られる通りである。また、研究結果とは多少離れるが、水槽の中を自分の好きなようにアレンジするというのも、物を創作するという意味で精神にとても良い影響を与えるそうだ。
毎日なにげなく眺め、当然のように世話をしているアクアリウムは、私達の精神や内面の形成を担ってくれているのである。
飼育グループへのアンケート結果と考察
《 研究対象者へのアンケート 》
Q1.主に誰が世話をしているか
- 本人・・・・・4人
- 本人と祖母・・1人(帰り時間が不規則なので餌と電灯は祖母水換えは本人)
- 母または妹・・1人(帰り時間が遅いため)
- 父・・・・・・1人(父が興味を示していたから)
*7人中4~5人が本人が飼育している。また、全員が飼育を続行中である。
Q2.トラブルは何だったか(複数回答)
- こけ・・・・・・6件
- 魚が死ぬ・・・・4件
- 病気・・・・・・4件
- 水の汚れ・・・・2件
- 貝の発生・・・・1件
*水槽が安定するまで苔の発生が気になる人が多かった。魚の死と病気がそれぞれ4件ずつあり多かった。
Q3.親しみは持てたか(飼っていくうえで)
- はい・・・・・・・3人
- いいえ・・・・・・0
- 変わらない・・・・4人
*全員が親しみが変わらないか、増えたと答え、いいえの人は0であった。始めに魚の死などで熱帯魚へ関わる事が多かったが、水槽が安定するとかえって関わる度合いが少なくなり、このような結果となったようである。
Q4.家族との会話が増えたか
- はい・・・・・5人
- いいえ・・・・2人
*増えた人は5人で、大方の人が飼育する事で家族とのコ
ミュニケーションが良くなったと言える。
Q5.家族への良い影響はあったか
- はい・・・・・4人
- いいえ・・・・2人
- わからない・・1人(一人住まいのため)
*大方の人が良い影響を与えたと言えよう。わからないと答えた1人暮らしの人も、電話で魚の事を話したり、自慢したりしている。
Q6.観賞魚に愛称をつけたか
- はい・・・・3人(なまずの子、グラミー、尾かじられ、ちびちゃん、など)
- いいえ・・・4人
*愛称をつけない人の方が4/7で多かった。
Q7.飼ってみて大変なことは何か
- 魚の死・・・・・・3件
- 苔、掃除件・・・・2件
- 水の取り換え・・・2件
- 水草の繁茂・・・・1件
*一番大変なことは魚が死ぬ事であった。
Q8.飼ってみて楽しいことは何か(複数回答)
- 餌をあげるのを魚が覚えたこと・・・・・・・・2件
- 水草、石、流木のレイアウト・・・・・・・・・1件
- ぼーっと見ていること・・・・・・・・・・・・1件
- 魚の成長・・・・・・・・・・・・・・・・・・1件
- 帰った時寂しさがやわらぐ・・・・・・・・・・1件
- 自分も水の中を泳ぎ回っている気になる・・・・1件
- 掃除の後のさっばりした気分、魚も元気そう・・1件
*餌をあげることを魚が覚えたことを含めて魚に関することが7件で、レイアウトの楽しみも1件あった。
Q9.一日にどの位見ているか
- 10分・・・・・・・3人
- 30分・・・・・・・2人
- 20分・・・・・・・1人
- 60分・・・・・・・1人
*10~30分が6/7で、1時間は1人であった。
Q10.ストレス解消になるか
- はい・・・・・・・・5人
- いいえ・・・・・・・2人
「はい」の理由
- きれいだから
- ぼーっと何も考えずにいる時間を持てる
- 家に帰れば魚がいるという楽しみ
- 何となくゆったりと見ているとリラックスする
- きれいにつくり管理すればいいインテリアになる
「いいえ」の理由
- ストレスがたまれば見る気がしない。あるいは見ても効果なさそう。
- 見なくてはいけないと思った瞬間ストレスになる。(これは実験についての感想)